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大正期の日本における万年筆産業を鳥瞰する

 日本の万年筆産業は、大正期に本格化的に確立しました。
 当時の農商務省(現在の経済産業省)が、大正5年から9年に掛けて調査した当時の万年筆界を非常に簡潔にまとめた大変興味深い資料があるので、内容を平易に直してご紹介します。
 ほとんどは想像通りの内容ですが、意外な点も多く掲載されており、日本の万年筆生産がどのようにして開始されたかを知る手がかりも多く掲載されています。

 現在のパイロットコーポレーションの前身、並木製作所が個人企業として創業したのが大正4年8月、株式会社並木製作所設立は大正7年1月27日なので、ちょうどそんな時期に調査された、大変貴重な資料です。
 大正9年は、まだ、エボナイトに漆を塗るラッカーナイト軸がパイロットから発売される前の話です。

 なお、内容は平易になるよう現代語に訳しましたが、地名などは当時の言葉のままで掲載します。
 各項目あとの※から続く文章は、私の註書きです。時代背景や当時のパイロットの状況についても言及してみました。


万年筆製造業

●総説
 万年筆は文化の進歩に従って国内の需要が年が経つごとに増加し、生産地である東京・大阪においては常におだやかに発達し、日露戦争(明治37-38年)前は生産高100万円に至らなかったが、大正9年には670万円に達した。
 高級品に限っては多少の輸入があるものの、普通の実用向けとしては、ほとんど国産品が使われている。
 さらに国産品は多少輸出されている。

 万年筆産業は統計が無いので、以下の数値は、同業組合の調査に基づいて推定したものである。

●生産高 本数・価格の順です
 大正5年 213万6,000本 186万8,000円
 大正6年 298万8,000本 248万1,000円
 大正7年 不明
 大正8年 432万本 648万円
 大正9年 474万本 670万円

●輸出高 本数・価格の順です
 大正5年 不明 24万9,480円
 大正6年 不明 32万8,000円
 大正7年 不明 不明
 大正8年 不明 70万円
 大正9年 2万4,000本 38万円 

※1本当たりの価格から換算すると、大正9年の本数は間違いと思われます


●輸入高 本数・価格の順です
 大正5年 7万7,000本 36万9,000円
 大正6年 8万本 38万4,000円
 大正7年 7万9,000本 37万円

●製造戸数 
 大正9年 190戸

※これは、後述の会社をのぞいた、いわゆる個人企業の数と思われます。


●職工数
 大正9年 1,700人

※当時はこれだけの人たちがいたのです。


●会社数
 大正9年 11社

●会社総資本額
 大正9年 185万5,000円

●生産状況
 万年筆が日本において使用されはじめたのは、日露戦争のあと、イギリスより輸入されてから。
 特徴は、運筆が軽快で、使用が簡単便利、かつ耐久力に富み、携帯に便利なこと。そのため、高級文房具として、日本人の好みに適合し、明治40年ころより、東京において製造する者が続出した。
 さらに、明治42年以降は、大阪・京都・兵庫・広島・熊本などの府県においても多少の生産者を出し、製品の需要が増加し、大正10年では学生・・事務員などはもちろん、様々な職業の人々で携帯する人はいないような状況で、日本の文具界における重要な地位を占めるに至った。
 そのため、生産は日露戦争前においては100万円未満だったが、日露戦争中著しく増加し、大正8年には600万円以上に達し、その需要は日本だけにとどまらずイン・南洋・支奈・ロシア・イギリス等にも輸出するに至り、その輸出額は大正8年においては約70万円程度に達した。しかし、大正9年には、財界の不況の影響により、輸出額は、38万円程度に減少した。

※イギリスからの輸入というものは、当サイトでもご紹介したオノト万年筆などが該当するものと思われます。

 日露戦争前後で、万年筆界以外でも、結構大きく世の中が変化していたようです。

 大正9年は、第一次大戦後の世界恐慌が起き、株式商品市場が大暴落。パイロットでも7月なか頃から9月末まで工場を閉鎖したくらいです。しかし、その割には前項に記載の生産高は前年より増えています。


●生産地
 東京府を主とし、大阪・京都・兵庫・広島・熊本等の府県にも多少の生産あり。特に東京における「スワン」万年筆製作所・並木製作所・「サンエス」万年筆工場・日本万年筆株式会社、京都における帝国万年筆製造所等は主なものである。

過去記事でもご紹介した、戦前の三大メーカー、スワン・サンエス・パイロットの名称があります。
 並木製作所は、現在のパイロットコーポレーションです。


●輸出入の状況
 万年筆は日露戦争後、イギリスより輸入したが、アメリカにおける万年筆製造業の発展に従いアメリカ製品の輸入がとても多くなり、価格が安いわりには品質がよく、書き味の弾力に富み、耐久性もあるなど、書き味において到底日本製品の及ばないところがある。これらのことから、毎年およそ40万円の万年筆が海外より輸入されている。
 なお、日本製万年筆は、その品質が欧米品に劣るが、価格がやすく、かつ実用においてなんら差し支えないので、その需要は増加している。国産製品の大部分は、国内で販売・使用されているが、第一次世界大戦(大正3年-大正7年)になると多少輸出があり、大正8年では約70万円の輸出がある。
 輸出は、主として神戸・横浜より出港し、輸出先の主なものは、インド・南洋等で、ほかには、ロシア・支那・イギリスなどへも多少の輸出がある。
 インド・南洋向けなどの製品には、セルロイド製の下級品が多数を占める。

※アメリカのものは、主に、ウォーターマンなどと思われます。当時発売されていたものと同じ形状の軸が掲載された過去記事
 輸出までされていたというのは、驚きました。
 セルロイド製の万年筆は下級品という記述が見られます。やはり当時は、エボナイト製の方が上だったのです。


●職工
 万年筆製造に従事する職工は、軸の製造に属する者と、金ペンの製造に属する者がある。
 軸の製造職工のうち、手工に属するものは、挽物職工より発達したものであり、ロクロを用い作業に従事している。この種の職工は、徒弟に入り約1年ほどで、なんとか一人前になる者が多い。
 機械的製作に従事する軸職工は、旋盤職工より転じた者で、日本においては、ようやく大正7年より、東京の「スワン」万年筆製作所においてこの機械的製作手法による製造を開始して、良好な結果を得ている。職工の人材は、東京府においては、その付近より、大阪府・京都府等においては、主任職工は東京府より供給されその地方の職工を指導している。
 これら職工は、秩序ある職工教育を受けた者がほとんど無く、収入が比較的豊かなため金銭を浪費してしまう者が多く、生産能率に影響が出てしまうところが少なくないので、経営者の中には、徒弟を養成して、矯正に苦心する者もある。
 金ペン職工は、当初専門の者がいなかったので、多くの場合、普通の金属小細工職工より養成されてきた。今もなお、徒弟養成に努める工場が少なくなく、一人前になるには約3年掛かる。
 職工の賃金は、工場により出来高払いと月給制があり、その間に多少の違いはあるが日給平均最低1円より最高4円位までである。

※ロクロは、現在私が使用しているものと基本構造が同じものです(当時の機械について言及した過去記事)。今回ご紹介している資料の調査のときは上記過去記事に掲載している写真のような木製のロクロだったはずです。当時はロクロの場合、すべて足踏み回転で軸を製造したものです。
 手工と機械的製作で分類していますが、機械的製作に現在のような自動的な意味合いはまったくありません。
 当然、自動で作ることも模索されましたが、パイロットが自動機を入れたのは大正13-15年です。導入した自動機は、当時大変有名だったアメリカのアクメ自動機などです。
 パイロットの工場では自動機を入れたあとも、当時多数の業者に下請けに出しており、下請け工場ではロクロ生産しているところがほとんどでした。

 記述に間違いないならば、後述のように、当時の万年筆1本分が、万年筆職人の数日分の給料ということになり、本文中にもありますように、相当な高給であったことが想像できます。


●製品の種類
 万年筆は便宜上、構造より種別される。その理由としては、多方面より区別するときは、構造上の区別以外に材料により、製造工場名により、または商店名によるものなど多種にわたってしまうからである。また、最近においては主として構造に関する万年筆の新案品が続出してその種類ますます増加するに至っているので、構造より分類する。
 今その主たるものを挙げれば以下のようなものがある。

1、普通「インキ」留装置
2、回転式装置
3、「オータマン」型装置
4、自働注入兼「インク」留装置
5、繰出装置
6、「ムーア」式装置
7、「コンクリン」式装置

 これらの内、日本においてもっとも多く製造されつつあるのは、ほとんど、普通「インキ」留装置のものであり、次が繰出装置のものとなる。

過去記事でも話題にしましたが、本文中は、インキ留 と表現しています。しかし、つぎの価格のところでは インク止 と表記していますので、特に配慮せずに記述したものと思われます。「留」にストップの意味があると言えなくもないですし。
 
 ここに列挙された各名称の商品がどのようなものを指しているのか、私でも非常に難解です。

1、普通「インキ」留装置
はすでにこのサイトで何度もご説明している私も製造している構造です。

2、回転式装置
これは現在のコンバーターや海外製商品でみられる回転吸入ピストン式と思わなくもないですが、たぶん違う方式のことです。大体想像はつきますが推測の域を出ません。

3、「オータマン」型装置
 これは一体どのようなものなのか、オータマンはウォーターマンのことと思いますが、当時の自働吸入タイプ(なかでもいわゆるテコ式)と思われます。パイロットでは、大正7年にテコ式を発売しています(テコ式万年筆の画像が掲載された参考過去記事)。

4、自働注入兼「インク」留装置
 これはオノトなどのプランジャータイプと思います。

5、繰出装置
 まさに過去記事のアテナのカタログに掲載されているタイプです。5の項目がなければ、3を繰出タイプのことと考えるところです。
 なお、パイロットでは、繰出し式の万年筆は大正9年に発売を開始します。
 
6、「ムーア」式装置
 これは、過去記事で言及したタイプで、繰り出し式の一種、

7、「コンクリン」式装置
 これは、ゴムをつぶして吸入するタイプの内、半円状の突起が出ているクレセントフィラーと呼ばれる独特のタイプと思われます。
conk.jpg

 なお、この方式は、軸の突起と、使用時突起が下がらないようにする突起が、軸保持時独特の違和感があり、独特の見た目に比して使用感が悪いです。


●製品の価格(大正10年10月末現在)
 製品の価格は、その種類が多種なるに従ってまちまちなのが免れず、往々にして特に高価なるものあるは、これは主として貴金属の装飾のためであり、その実用的価値に大きな違いはない。
 現在生産の大部分を占める、二種類の無装飾品小売価格は以下の通りである。

・普通「インク」止式(装飾無し) 2円50銭~5円
・繰出し式 4円~6円

過去記事のように以前はインキ止式が主流でした。
 インキ止式の他には、過去記事でも言及・考察しましたが、繰出し式という扱いが危険な万年筆が重用されたのです。しかし、この方式は当然のごとく廃れていき、しばらくあとになると、国内では、インキ止式とテコ式の二種類が主となるわけです。


●原料の種類
 使用原料の主要なるものは、「エボナイト」製の管(パイプ)および棒、「セルロイド」製の管および棒、金ペン等、である。

・軸素材
 セルロイド製の管および棒は主として大日本セルロイド株式会社において製造され、その品質はいくらか海外製に匹敵するものを生産している。セルロイドは、下級万年筆用材料として国内供給状況に関し心配する必要ない状況になっている。
 しかし、セルロイドの欠点として、可燃性が著しいこと、乾燥不十分なものは後日万年筆のねじがゆるみインキが漏れるすることが挙げられる。
 しかも、その乾燥法に関しては経済的方法の研究がいまだ不十分なので、往々にして未乾燥のものが市場に出ていることが多い。そのため、セルロイドを使用する場合は、あらかじめこれらの欠点のないものを選択することが必要である。
 価格は、大正8年末の盛況時においては、1ポンド(454グラム)1円30銭に下落している。
 エボナイトはセルロイドのように欠点がないことから、主として高級万年筆に使用される。従来、日本において使用されるエボナイトは、主としてアメリカなどの海外からの輸入品だった。万年筆製造業の発展とともに需要が増し、大正3年ころより東京、大阪等のゴム製造会社においは製造に着手する者が多く、特に、東京三田土ゴム製造会社の製品が好評である。時局の影響により、いっそう生産力が増大し、エボナイトの輸入が停まってしまうに至った。
 国産のエボナイトは、海外品と比べて重量が重く、光沢が漆黒にならず、かつ、断面が真円ではなく加工上不便であるだけでなく、往々にして微細な裂け目があり、万年筆軸のねじ部分の材料としては不適当な点が少なくない。海外製のエボナイトは日本の製品に比べて価格が約1割高価にもかかわらずねじ用としては特に海外製品を使用する者も少なくない。
 価格は、1ポンドあたり平均、磨き表面仕上げのパイプで3円50銭から3円60銭、粗面棒は1円70銭から1円80銭、細管は2円80銭位で、最高時代の約2割以上の下落がある。

※エボナイト・セルロイドの双方が主流だった戦後すぐの時代まで、エボナイト製の方が高級品として扱われていました。当時の素材価格はエボナイトの方が高かった様子です。細管というのは、インキ止式の中芯用と思われます。
 重いエボナイトの方が品質が悪いということが読み取れます。
 三田土ゴム製造会社は、ゴム業界史上大変有名な会社で、明治19年創業の日本最古のゴム会社です。現在の昭和ゴム株式会社になります(正式には三田土ゴム製造株式会社が昭和20年5月、現在の昭和ゴム株式会社を吸収合併)。国産消しゴム第一号を製造したのもこの会社です。みなさんがお持ちの古い国産万年筆は、三田土のエボナイトで作られている可能性が高いです。
 パイロットでは大正7年9月に自社でエボナイトの生産を開始しています。これにより、同社の軸は、無垢の棒素材を使用しなくても、軸素材の影響を受けない、独特のすぐれた構造のものを製造することが可能になりました。パイロットでセルロイド材料の使用を開始するのは昭和3年3月1日で、今回ご紹介している資料の調査のときはセルロイド軸はまだ発売していませんでした。


・金ペン
 金ペンは14金を使用するものとする。もし金品位がこれより低いときは、インキの腐食を受ける。先端はイリジウムおよび白金の合金を融合し、摩耗を防ぐ。
 金ペンは日露戦争前は主としてイギリスおよびアメリカより輸入し、一面国内においても製造所を経営する者があるが、良い製品ではなく、生産量がわずかで生産が振るわなかったものの、時局の影響により製造技術の研究を進めいくらか輸入品に匹敵するものも存在するに至る。しかし、使用に際し、いくらか運筆の円滑に欠け、磨滅しやすいこと、弾性に乏しい欠点がある。
 生産地は広島県呉市および東京府内である。

過去記事のように、当然のごとく14金です。
 パイロットでは、大正5年2月9日に14金ペン先を完成させています。


●外国品との比較
 国産の万年筆は、だんだん改良されたといえども、いまだ欧米の商品には匹敵しない。これは、主として原料が粗悪、製作技術が未熟という結果に他ならない。
 その主な点を挙げると、金ペンにおいては、弾力が乏しいためあたかも鉄筆を使用するような感じがあり書き心地が良くない。先端が磨滅しやすく、運筆上円滑にならないきらいがある。
 軸部においては一般にセルロイド軸の場合原料の乾燥が不十分であるがために、インキの漏れ出すものが多い。
 エボナイト製の軸や部品は、エボナイトに微細な裂け目があるために脆弱であり、ねじおよびキャップなどが破損しやすく、外観上漆黒ならず、外部の模様は鮮美にならないという欠点がある。これは、国内において型付け方法は焼き型の方法によるものが多いので、熱の作用により光沢に曇りが出てしまうためである。

※型付けとは、上記コンクリン軸のような外部模様の入れ方のことと思います。丸棒製造時の話なら、あとから磨くので、熱の作用は問題になりません。模様が入った軸の場合は、あとから磨くことが原則として出来ないのです。


●包装
 万年筆の包装は、普通は内装したうえで外装して出荷される。内装は1本ずつボール紙製筒入れとし、さらにこれを1ダース入れのボール箱の中に入れる。外装は普通50ダース入れの、「モミの木」製の箱入れとする。輸出向けのものは、50ダース入れ、「モミの木」製箱の内部をさらにブリキ板にておおう。

※モミの木、は原文のままですが、杉などではなく、モミの木だったようです。当時はモミやツガの木が様々な荷箱に使用されていたようです。
 木箱について、当時の輸出用荷箱製造業詳細から引用してみます。

 モミ・ツガは、食品用としても内容物に影響を与えるような臭いがないので、好都合で多用された。
 モミやツガは主として徳島・宮崎・静岡の各県より産出され、特に、静岡県安部郡(現在の静岡市)産のものは有名。島田町(現在の静岡県島田市)は、モミやツガの集散地だった。
 その他、一般用として、奈良・和歌山・三重から産出されたモミ・ツガも使用された。
 ただ、当時でも、乱伐の結果、欠乏の傾向になり、モミ・ツガの代用として北海道産のトドマツやエゾマツを使用して、好結果だった。

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Author: masahiro万年筆製作所  代表者 内野成広
総エボナイト製手作り万年筆を製造しております
一切の妥協を許さない完全な商品を目指し、生涯唯一の職業として励んでおります
ペン芯までエボナイトで製造している数少ない万年筆メーカーです。

また、株式会社パイロットコーポレーション 正規販売店として、パイロット商品の販売をいたしております。

422-8017
静岡市駿河区大谷769-3
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